よそ者の視点 トミー・ウンゲラーの絵本 2冊

はじめに

私は育児の過程で絵本の読み聞かせが趣味となり、今や、その蔵書が1000冊をこえるまでに夢中になっています。

そのなかでも今回はフランス出身の絵本作家トミー・ウンゲラーの作品をご紹介します。代表作である「すてきな三にんぐみ」は様々な絵本ガイドで紹介されていたり、書店でも目立つ場所に面陳されていたりでご存じの方も多いと思います。

私自身、当初、洗練されたデザイン性の絵本だなという程度の認識しか持っておりませんでした。しかし、著作を何冊かを読み進めていき、さらに経歴を調べるうちに、トミー・ウンゲラーは、よそ者の立場を描き、そして、その、よそ者に対する救いを描いた作家であると考えるようになりました。

トミー・ウンゲラーの経歴

絵本作品のご紹介に先立ち、作者の経歴をご紹介します。トミー・ウンゲラーは1931年にフランスのアルザス地方にあるストラスブールという都市に生まれました。

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ストラスブールの位置

ざっくりとした地図を描きましたが、ストラスブールはパリから東に約500kmの位置にあり、ライン川を越えるとドイツという国境沿いの都市です。

ストラスブールがあるアルザス地方ではフランス語ではなくアルザス語(ドイツ語の方言)が使われており、アルザスの人々はほとんどフランス語が話せませんでした。さらには「トミ・ウンゲラーと絵本」によるとウンゲラーはブルジョアに生まれており、フランス語で教育を受けていたためアルザス地方で生まれ育ちながらにしてアルザス語を使えなかったそうです。

そして、ストラスブール第二次世界大戦の際にドイツに侵攻され1940年のときにドイツ領となり、フランス語が禁止されています。再び「トミ・ウンゲラーと絵本」によると、その際にウンゲラー(9歳)はドイツ語を習得しています。皮肉なことにウンゲラーはドイツ語を習得した結果、地元の言葉であるアルザス語(ドイツ語の方言)が使えるようになったそうです。

しかし、その後、1944年にアルザス地方はフランスへ帰還しましたが、フランスでは長期に渡り国の政策でアルザス語が禁止される時期が続きました。

このように生まれ育ったストラスブールでアンゲラーは何重にも少数派としての立場に置かれております。さらには20代半ばにヨーロッパからの移民としてニューヨークで活動することになります。これらの経歴が作品に影響を与えたであろうということは容易に想像ができます。そんなウンゲラーの絵本を2冊ご紹介します。

絵本紹介

すてきな三にんぐみ

すてきな三にんぐみ

すてきな三にんぐみ

 

ウンゲラーが1956年にニューヨークに渡り「へびのクリクター」や「エミールくんがんばる」などの何冊かの物語絵本を出した後の1961年に本作「すてきな三にんぐみ」を発行しています。文化的な時代背景としてはカウンターカルチャーまっさかりで1962年にはビートルズがイギリスにてシングル『ラヴ・ミー・ドゥ』でデビューし、そして1963年にはウンゲラーと同時期にニューヨークで活躍していたセンダックの「かいじゅうたちのいるところ」が発行された、そんな時代です。

すてきな三にんぐみ」で描かれているよそ者は3人の強盗です。3人の強盗が無目的に人々を襲って奪った金銀財宝を、世の中の役に立てるというお話です。そして本作には後書きとして訳者の今江 祥智さんの解説があり、それによると「すてきな三にんぐみ」は娘のフィービーちゃんに捧げたものであることが書かれています。

本作は社会風刺といった視点から語られることが多いようですが、強盗3人組が襲おうとした馬車の中にいた孤児ティファニーちゃんの存在により、強盗3人組が救われたということがテーマであると考えるのが自然かと考えております。つまり異国の地で一旗揚げようと頑張るウンゲラーにとって娘の存在が生きる意味となり、救われた話とシンプルに理解することができるのではないかと考えております。

 

月おとこ 

次に1966年に発行された「月おとこ」をご紹介します。月に住む、月おとこが華やかそうに見える地球の暮らしにあこがれ、流れ星につかまって地球にやってきてからのドタバタというお話です。

やはり本作も主人公は地球人から見た「よそ者」です。実際にお話の中でも、月おとこは見世物になったり、逮捕されたり、警察に追われたりと散々な扱われ方をされます。

そこに別の「よそ者」が現れます。世の中から忘れられた科学者ドクトル・ブンゼン・バン・デル・ダンケル(以降、ダンケル博士と表記)です。月おとこはダンケル博士という理解者に救われて静かな生活を取り戻し、ダンケル博士も月おとこに救われ、科学界のスターダムを駆け上がります。

この作品では「よそ者」の孤独が描かれながらも、どこかで理解してくれる人がいるという希望が描かれています。そして「センダックの絵本論」によるとセンダックは「月おとこ」を次のように絶賛しています。

『月おとこ』は、その発想の独自性、個性的な表現法、出来栄えの美しさにおいて、問題なく近年を代表する最高の絵本の仲間に入れることができます。何もかもがぴたりとはまり、現代的で、調子はぴりっと辛辣で、しかも全体としてとても楽しいのです。

そう考えると、フランスからニューヨークにやってきたよそ者「ウンゲラー」の孤独を救ったのは、彼の才能を見出した編集者や、センダックなどの同時代の絵本作家などの仕事仲間だったのかな、なんて思いを馳せてしまいます。また日本の理解者たるダンケル博士としては「やなせたかし」がおり、玄光社の雑誌「イラストレーション 2010年 5月号」のインタビューによると次のようなコメントがあります。

ムーンマンを見たときはショックを受けました。こんな絵本を描きたいと思ったのに『アンパンマン』になった。

…ちなみに月おとこが発行された3年後の1969年にアポロ11号が人類初の月着陸に成功しています。

おわりに

多くの人々が様々な場面でよそ者として居場所のない思いをすることは一度や二度ではないと思います。そんなときにウンゲラーの作品は、皆が感じるよそ者に対する世の中の冷たさに共感しながら、同時に、どこかに理解してくれる人がいるという希望を与えてくれるものであると考えています。

参考資料

本記事の作成にあたり、以下の書籍を参考にしました。